貴婦人と一角獣展



<貴婦人と一角獣>より 我がひとつの望みに
15世紀末
375×460cm
フランス クリニュー中世美術館所蔵

「味覚」「聴覚」「視覚」「臭覚」「触覚」
人間の持つ5つの感覚と、「我がひとつの望みに」の6つのテーマから構成されたペストリーの壁掛けが、日本にやってきました。フランスのクリニュー中世美術館所蔵のもので、フランス国外に持ち出されることはほとんどない作品なのだそうです。

美術館の会場に入るとこれら3メートル以上もある巨大なペストリー6枚が、ぐるりと空間をを囲むようにパノラマ展示してあります。圧巻です。かなり大きい作品なので遠くから眺める人もいれば、近くからさらに望遠鏡で見る人もいます。じっくりと作品と向き合っている人が多くて、嬉しくなります。展示の作品に関心を抱けなかったり混み合いすぎている場合は、私も作品の表面だけをさらうように、さっと見終えてしまうことも多いのですが、こうして作品の前であれこれ思いをめぐらせている人が多いと、落ち着いて気分よく鑑賞できる空気が整っているようで、いいなぁって思います。

ルネッサンス以前の中世のヨーロッパ美術というものにほとんど触れてこなかった私でも、ひとめ見ただけで優雅で繊細で、幻想的なこの作品の虜になりました。
<貴婦人と一角獣>は「クリニュー美術館のモナ・リザ」とも呼ばれ、ヨーロッパ美術の最高傑作ともいわれるほど有名な作品なのだそうですが、そうしたものであっても作品の意図するものや、依頼者が何を思い制作を依頼したのか未だ謎につつまれている部分が多いと言います。解説をたどるうちにこの作品の謎が、ぐんぐん好奇心を広げてくれるのですが、その中でも1番の謎が「我がひとつの望みに」です。「味覚」「聴覚」「視覚」「臭覚」「触覚」とくれば、最後のひとつは「第六感」。その「第六感」が特に何をあらわすのかというと、愛や知性や結婚を表しているという諸説もあれば、「五感を自制するための心」とか「理解する感覚」といった様々な解釈があるそうです。

以下は一角獣が含まれる、その他作家の作品を少しだけ取り上げますね。


「一角獣」
1885年
115cm×90cm
パリ ギュスターヴ・モロー美術館所蔵
ギュスターヴ・モロー

昨年パリのギュスターヴ・モロー美術館で、この作品に出会いました。
モローは他にも一角獣を用いた絵をたくさん描いていますが、この作品が一番「一角獣大好き」感が伝わってきて好きです。

「貴婦人と一角獣」がクリニュー中世美術館に移され、一般公開されたのがが1882年。
それから3年後に描かれた「一角獣」は、モローが貴婦人と一角獣の題材と、装飾的な雰囲気からインスピレーションを受けて制作したそうです。モローは「女性だけが集まった魅惑的な島のようだ。造形的芸術に最も貴い口実を与えてくれる女性だけの島」(モロー美術館の日本語で丁寧に解説してくれたパネルより)と語っています。

「一角獣は、極めて獰猛だが力強く、勇敢。
角は長く尖って強靭で、どんなものも容易に突き刺す。
この一角獣を捉える方法は、処女を連れてきて誘惑させることである。
処女にだけは従順で、その膝をまくらに眠り始める。」

一角獣が作品のモチーフとして描かれるようになったのは、このような俗説が流れ始めた12世紀頃からだそうです。とても男性的というか騎士道精神とでもいうのか、女性である私には共感しずらい考えなのですが、モロー自身は「清純な女性こそ男性を惑わす」と考えていたそうですし、モローは30代の頃に15歳の少女に恋をしていた(ただし少女は別の男性と結婚したことにより、非常に落胆)と言いますから、こうした純血や貞操を表した一角獣のモチーフには非常に共感をして、感銘を受けたのだろうと思います。
モローは、この6枚目の作品「我がひとつの望みに」を、愛や知性ではなく「処女性」として解釈して、作品を表現したのかもしれません。モローの世界観そのもののです。

「貴婦人と一角獣」は500年も昔の作品で、モローの「一角獣」も130年近く前の作品で、色々な謎に対して私たちは想像することしかできないのですが、こうした多くの謎が作品の魅力をよりいっそう高めているんですね。


「角を水にひたすユニコーン」
レオナルド・ダ・ヴィンチ

こちらの素描はこの本(幻想世界の住人たち)に掲載されていました。
この本はテーマが私の好みどんぴしゃで、絵が多く、好きな画家ばかりたくさん載っているので、とてもお気に入りです。しかしこの素描について詳細が書かれていないのでどちらの美術館所蔵なのか、描かれた年など正確なことは分かりません。ユニコーンは馬やロバを元にして描いたのかな〜というイメージが強いですが、ダ・ヴィンチの素描は子ヤギという感じで可愛らしいですね。


「一角獣を抱く貴婦人」
1483年〜1520年
ボルゲーゼ美術館所蔵
ラファエロ・サンティ

こちらのラファエロの作品ははダ・ヴィンチのモナ・リザを参考にして描かれたそうです。確かに構図や背景なんかがそっくり。でも気になるのは、一角獣が犬や猫のように小さいこと(一角獣の赤ちゃんなのかな)や、一角獣の色の茶色さや、一角獣にしてはなんだか神秘的な感じがあまりしないこと。ダ・ヴィンチの素描がヤギなら、こちらは子羊という感じですよね。ペットのよう。メェ〜って鳴きそうです。どんな依頼でこの絵を描いたのだろうとか、この女性は誰なんだろうとか気になることばかりですよね。面白い!
この絵は一度日本に来ているみたいですね。いいなぁ。見たかった。



「サン・ロマーノの戦い」
1450年頃
ルーブル美術館所蔵
パオロ・ウッチェロ

ウッチェロさん=馬なイメージがあったし、ファンタジーの世界に生きる人だったから、きっと一角獣もいっぱい描いてるだろうなぁと思って探してみたけど、ない。んですね…。本当に、馬ばっかり!
この有名なサンロマーノの戦いもどちらかというより人物より馬がメインって感じに見えるのですが、その中にちんまりとお座りになっている一角獣がいます。目を凝らし続けて発見したときは、感動すら覚えました。一角獣の足から伸びている白いのは何かしら。
ウッチェロって遠近法に心酔しすぎて遠近法に一生を捧げたり、そのウッチェロという名前も鳥好きなことから「ウッチェロ(小鳥の意味)」と名乗ったり、このルネサンス期に類を見ないほど独特なファンタジーな世界を描いていたり。とても好きな画家さんです。
ちなみに「サン・ロマーノの戦い」3作品の解説はN響さんのサイトに詳しく書いてくださっています。



最後に「貴婦人と一角獣展」の話に戻りますが、とても言いたいことがあったんです。
なんと、音声ガイドが池田秀一さんでした。
「まずは中央に立って、ぐるりと中を見渡してみよう」とアドバイスをくれるシャア・アズナブル。
作品を丁寧にガイドしてくれるシャア。すごい。空気を読みまくっています。
図録にも「500年という時を経た、21世紀の日本における<貴婦人と一角獣>タピスリー受容の一例として、機動戦士ガンダムUCについて触れておきたい」という大仰な煽りで、1ページ使ってガンダムUCについて解説されています。(ちなみにモローやその他作家のことなどは取り上げられていません。)解説者の、「どうしてもこれだけは伝えたいんだ!!」というガンダムに対する熱意を感じます。
美術館に行って図録を見るまで、UCのことは知らなかったのですが、今思えば若い男性のお客様が多かったのはこれがあったからなのかも。





貴婦人と一角獣展

国立新美術館